「YUMMY SAKE」ロジックにできない“感性”をAIでプロダクトに①
10種類の日本酒をブラインドテイスティングし、それぞれの味わいを直感的な5段階評価するだけで、自分の味覚タイプを判定できるオンラインサービス「YUMMY SAKE」。日本酒の知識がなくても、誰でも簡単に自分に合った日本酒を見つけ、好みに合ったものを購入することができます。
ブラインドテイスティングとAI技術を活用した「YUMMY SAKE」は、どのような発想から生まれたのでしょうか。プロジェクトを発足した博報堂アイ・スタジオの中島琢郞さんに、開発経緯や苦労したエピソードなどを伺いました。第1回は、“日本酒のブラインドテイスティング”に目を付けたきっかけをご紹介します。
博報堂アイ・スタジオ
YummySake推進室 室長
CXディレクター
中島琢郞さん
AIを活用した新規事業の開発を社内で担当し、「YUMMY SAKE」を展開するPROJECT YUMMYを立ち上げた敏腕クリエイター。クリエイターの視点から独創的なAI活用術を見出す。もちろん大の酒好き。
■AIではなくデータに着目
—「YUMMY SAKE」を展開するPROJECT YUMMYは、どういった経緯で発足されたのですか?
もともと弊社にフューチャークリエイトラボと言うR&D(研究開発)のチームがありまして、ここで研究していた物をサービス化して今に至っているという経緯があります。PROJECT YUMMY自体は「YUMMY SAKE」の発想が先にあって立ち上げたのですが、将来的にはお酒以外の分野も見越したプロジェクトとなっています。
「Yummy Sake」は去年の夏の終わり頃から動き始めました。パートナーのテクニカルディレクターと一緒にAIを活用した事業について、なおかつ研究内容としてどういうものがいいかということを、ずっと話し合い試行錯誤していたんです。独自に研究を始めても、それがお客様にとって役に立つサービスに発展するか、ビジネスにつながるか、なかなかいいケースが作れていなくて。どうしたらいいんだろうってずっと頭を抱えていたんですけど、1つの仮説として「AIじゃなくてデータに着目しよう」という話になったんです。
同じものに聞こえるかもしれないですけど、人がまだ着目していないデータを集めるとか、見過ごされているデータを新しい視点で見てみるといった研究に取り組みました。ユーザーにとっての体験を豊かなものにできるんじゃないかという仮説を立てて、データを見直すんです。そんなふうに考え始めた時に、僕の方から「ブラインドテイスティングの味覚データの活用は、まだ誰もやっていないんじゃないか」と持ちかけて、今の「YUMMY SAKE」につながる研究を始めることになりました。
—ブラインドテイスティングに目を付けたのはなぜですか?
完全プライベートで、日本酒のブラインドテイスティングに参加したことがあったんです。日本酒は詳しくないんですけど、みんなで点数をつけていったんですね。結構ゲーム性が高くて、高価なブランド地酒がある一方で、カップ酒として売られているリーズナブルなものもあったり。そのなかで僕が唯一高得点をつけたお酒が、和歌山の平和酒造さんが作っている「紀土」という比較的リーズナブルなお酒だったんですよ。
それを機に「紀土」っていう名前を忘れられなくなって、ついつい注文して飲むと、やっぱりおいしいなって。蔵元さんを調べると結構若い方が作られていて、高い素材を使わずに究極の食中酒を作るみたいな感じで、値段は抑えながら最大限おいしいものを作るというこだわりがあってますます好きになったんです。
それを思い出して、「あれはブラインドだったんだよなぁ」と。なんでこんなに「紀土」が好きになったんだろうと考えたときに、ブラインドで出会ったことが決め手だと思ったんですよ。
—それで日本酒のブラインドテイスティングなんですね。
例えば、1人3万円もするような京都の名店に連れて行ってもらって、このおばんざいにはこの日本酒が合うんだよみたいな感じで勧められて飲んだとしても、絶対うまいと感じると思うんですね。それが自分にとってベストかどうか確信できなくても。それくらい、人は情報に左右されるし、これ自体は別に悪いことでは全くありません。ただ、自分の好みを発見するという意味ではめちゃくちゃ難しい世の中だなぁと思っていて、完全に情報がない状態だからこそ生まれる納得感みたいなものがあると思うんです。
データを使ってAIでマーケティングを行うと、最適解というか論理的に考えてこれが正しいといった結論を導くことになると思うのですが、もっとアナログな体験として提供できるんじゃないかなと考えて、「ブラインドテイスティングのデータを最初に取得することによるレコメンドをやりましょう」と。そこからスタートしたのが「YUMMY SAKE」なんです。
もちろんワインやウイスキー、コーヒーやチョコレートなど嗜好品なら対応できると思いましたが、自分自身が日本酒をきっかけに着想した経緯があり、また種類が多いものだから最初に着手するものとして正しいと判断しました。
■マイナーな蔵元を扱う「未来日本酒店」との出会い
—日本酒の分析なども中島さんたちが自身でされたのですか?
研究を始めた当初は完全自前でやろうとしたんですけど、あまりにもお酒の知見がなさすぎました。僕もないですし、相棒のテクニカルディレクターに至っては飲めないという(笑)。蔵元のネットワークも全くなかったのと、将来事業化するときに酒販免許など難易度が高い免許を取得する必要があることがすぐにわかったので、最初からパートナーを見つけようと判断しました。そこで友人の紹介で、未来日本酒店さんと出会うことができました。
社長にプロジェクトを説明したら、もうすぐにやりましょうという感じで。面白いことをやろうと言っていただいて、一緒に始めることになりました。
—ずいぶん話がトントンと進んだのですね。
なぜそこまで意気投合したかというと、未来日本酒店のコンセプトと「YUMMY SAKE」の相性が良かったんですよ。未来酒店はインディーズレコードショップのような酒屋を目指していると社長はおっしゃっていて。日本には1400くらいの蔵元があると言われているのですが、メジャー流通に乗ってるのは100ぐらいしかありません。音楽に例えると、その100ってメジャーアーティストなんですよ。だから東京にいれば絶対手に入るし、普段居酒屋でも出会う可能性が高いものなんです。
でも実は残りの1300にすごい面白い蔵が隠れていて、代替わりして30歳くらいの人たちだけでやっている蔵とか、酒米を使わないで飯米を使う蔵とか。それでもやっぱりメジャーと比べるとマーケティング力やブランド力で劣っていたりするので、なかなか人材もいなくて勝負がしづらいんです。未来日本酒店はそういったマイナーな蔵元さんばかりを扱うところなので、「YUMMY SAKE」があることによって、マイナーな蔵元でも味で勝負できる、公平に戦える状況を作れると。両者の考え方がめちゃくちゃ合っていたんです。
—未来日本酒店も「YUMMY SAKE」と同じように、マイナーでも個性的なおいしいお酒を勧めたいということですね。
そうですね。そのために彼らがやっていたのは、日本酒を全部グラスで飲めますよということでした。ショーケースに置いてあるお酒を全部グラスで、400~500円くらいで出していました。それも一つのソリューションだと思うんですけど、「YUMMY SAKE」は別解みたいな感じで食い合うものでもないし、両方やったらいいよねという感じでスタートしました。
自身の体験から、日本酒のブラインドテイスティングに可能性を見出したと話す中島さん。お酒に限らず、私たちは本当に自分の味覚に合う物はわかっていないような気がします…。グルメサイトの情報や食通の話を鵜呑みにして、「おいしい」と判断することもしばしば。価格や先入観に左右されずに、舌が喜ぶお酒に出会いたいものです。さて、未来日本酒店という強力なパートナーを得た「YUMMY SAKE」。第2回は、いよいよデータ収集とAIへの落とし込みについて紹介します!
撮影:宮前一喜