「YUMMY SAKE」ロジックにできない“感性”をAIでプロダクトに②
10種類の日本酒をブラインドテイスティングし、それぞれの味わいを直感的な5段階評価するだけで、自分の味覚タイプを判定できるオンラインサービス「YUMMY SAKE」。日本酒の知識がなくても、誰でも簡単に自分に合った日本酒を見つけ、好みに合ったものを購入することができます。
そんな「YUMMY SAKE」は、どのような発想から生まれたのでしょうか。プロジェクトを発足した博報堂アイ・スタジオの中島琢郞さんに、開発経緯や苦労したエピソードなどを伺いました。第1回では、日本酒のブラインドテイスティングに目を付けたきっかけと、パートナーの未来日本酒店との出会いを紹介しました。第2回となる今回は、データ収集とAIの活用方法について紹介します。
博報堂アイ・スタジオ
YummySake推進室 室長
CXディレクター
中島琢郞さん
AIを活用した新規事業の開発を社内で担当し、「YUMMY SAKE」を展開するPROJECT YUMMYを立ち上げた敏腕クリエイター。クリエイターの視点から独創的なAI活用術を見出す。もちろん大の酒好き。
■日本酒の特徴を言葉で表現するのは難しい!?
—AIに活用するためのデータ集めはどのように行ったですか?
現在、データを2種類集めています。1つはお客さんの嗜好データですね。好きが嫌いかというデータ。もう一つは日本酒のデータ。これを掛け合わせて分析するという研究は初期からやっています。
最初からお話しすると、お酒のデータをまず集めてみようと思いました。ネットに落ちているお酒のまとめサイトのデータを見て、説明しているテキストや公表している数字などを全部引き出し、それを機械学習にかけるみたいなことをやりました。それと同時に、それぞれのお酒にどんな味覚的特徴があるかを、酒匠の資格を持っている未来日本酒店の方に分類していただきました。
—まとめサイトに書かれている内容の答え合わせみたいなことでしょうか?
おっしゃる通りです。でもこれが全く相関しなかったんですよ。つまり落ちている数字を学習しているだけでは、全然味と関係ないということがわかって。よく日本酒度3.0度、4.0度といった数字が出ていると思うんですけど、その指標だけで口に合うかどうかを見つけるのが難しかったんです。あくまで含まれている成分が何度なのかの話で、ある程度の方向性は予測できるかもしれないんですけど、日本酒って多様性があるものなので、それだけじゃ当然わからない。テキストのデータもある程度いけるかなと思ったんですが、残念ながら相関はしませんでした。
—まとめサイトは間違いだらけということですか!?
いえいえ、決してそういうわけではありません。ただ日本酒の説明の仕方は僕の体感的にもブレがあって、たぶんワインの方がまだ体系化されているんですよ。歴史ある大きな組織が監修していたりするので。でも日本酒はバラバラにやっている感じで、例えば辛口といってもドライ&スムースみたいな辛口と、ストロング&ボールドって辛口が混在していて、ラベルに辛口と書いてあっても、飲んでみないとどっちなのかわからないんですよ。それくらい日本酒の表現は言葉では難しくて、概念の難しさも含めて整理されてないところも、日本酒に入るきっかけを狭めているというか。
「日本酒を勉強してるんです」みたいな女子が最近いたりするじゃないですか。それ自体は良いことだと思うんですけど、日本酒って勉強するものじゃなくて普通に楽しくおいしく飲みたいじゃないですか。ビール勉強してますとはあまり言わないじゃないですか。それくらい謎のものになってしまっていて、だからこそ簡単にしてあげる必要があるかなと。そこで「YUMMY SAKE」では、わかりやすく味覚を分類することにしたんです。
—フィーリングを大事にしてお酒を純粋に楽しんでほしいということですよね。
本当においしいかどうか、自分に合うかどうかっていうところからまず入って、実際にそのお酒を好きになって、他のお酒も好きになったり。あるいは飲み合わせとか食べ合わせで、好きなお酒も変わってきたり。ただ日本酒はそもそもの入り口が閉ざされてしまっているので、そこを作ることを第一歩としてやりたいなと思い、テイスティングサービスをまず世に出したカタチです。
—実際やってみていかがでした?
テイスティングイベントを渋谷で実施したのですが、参加者の55%が20代だったんですよ。渋谷という場所柄、当然狙ってやってはいたのですが、正直なところ想像以上に若者が来てくれて、「これって業界の常識を打ち破っているぞ」と。若者は日本酒を飲まないと多くの蔵元や酒店が思っているんですけど、きっかけがあれば受け入れてもらえることがわかったので、悲観的になる必要は全くなくて、いい出会いさえすれば日本酒のおいしさはみんながわかってくれる、ファンになってくれるってことが見えてきました。
■自身が得た体験をツールとしてどう活かすか
—相棒のテクニカルディレクターには、こういう風に作ってほしいといった指示をされたのですか?
そうですね。指示というほど一方的なものではないんですけど、当初は数学とか統計の知識もあまりなかったですし、プログラミングもあまりできないので、そちら側は何ができるのかという話をもらいながら、僕としては新しくておいしい日本酒の買い方とか、選び方をデザインするとこうなるという提案をして、理想と現実を一緒にディスカッションしながらここまで探ってきた感じですね。
—「YUMMY SAKE」は中島さん個人の体験からスタートしていると思います。それをツールとしてどう活かしたのか教えてください。
AIありきで考えてしまうと、どうしても出口が見えなくなってしまうと思うんです。だからAIが一人歩きしないように、課題を見つけてきて結びつけてあげる、個人的な体験のなかで「これは人の心を動かして行動を起こさせるな」と思ったところをAIでうまく表現してあげるみたいな。
僕も手法を学ばない限り、どのように理想が形になるかということがわからないですし、実際にAIなら何とかなるだろうと僕も思っていたんですけど、AIのなかにもルールベース、機械学習、ディープラーニングみたいなジャンルがあって、最初からいきなり機械学習をするためにはまとまったデータが必要で、手法論から入ってさっき言ったテキストを全部やってみるみたいなことをしたんですけど、うまくいかなかったり。
そういったトライ&エラーがあってここまで辿り着いているのですが、体験を良くするっていう考えを当初からブレずに持ち続けたことが、AIを使った良いサービスやビジネスを作る上では大事なことだったのかなと思います。
—やはり「体験」という言葉は中島さんにとってキーワードなのでしょうか?
他の類似の取り組みを見ていて、体験の観点が抜けているなと感じることがあって。ディスるわけではないのですが、例えばテイスティングしたときに甘さを5段階で表現してくださいとか、旨味を5段階で評価してくださいとか普通のお客さんに入力させているものがあったんですけど、普通の人にとってはそれってすごく難しいと思うんです。人によって旨味の感じ方は違うし、旨味って何?という人も当然いると思うし、表現のブレがめちゃくちゃ大きい。それって、ちゃんとお客さんの体験を考えていなくて、データ収集の対象としてしか考えていないからそういうことになっちゃうのかなと思ったんです。
そうならないように、僕たちはブラインドで好きか嫌いかを聞くだけにしました。データの収集量としては落ちてしまうんですけど、そこは割り切って体験ありきでスタートした結果、一つのエンタメというかアトラクション的にお客さんが楽しんでくれたんですね。
初期のデータ収集は本当にルールベースなんですけど、各お酒に12個のオノマトペをつけて、それだけで好きか嫌いかっていうデータを集め、掛け合わせて当てるっていうだけ。多くの人があまり好きじゃないというお酒を割と好きと言ったら、そこが強みに反映されるとか、そういう偏差値的な計算は一応入れているんですけど、かなりシンプルなルールベースでしたね。正直、今もてはやされているAIとはレベルが違うものだったりするんですけど、それでもお客さんが喜んでくれるということがわかり、データが集めやすくなって、データが集まったら今度はフェイズを行ったり来たりするのを繰り返して、徐々に円を大きくしていきました。
—いわゆるR&D(研究開発)の仕組みに近いですね
R&Dで僕だけが唯一エンジニア系じゃなくて、それが逆に良い相乗効果が出せたのかなと思います。研究する側の人間としたら、僕がうまくデータを集められる仕組みを作ることができていて、僕はデータを渡して出てきたものを次のサービスに反映させる。R&Dのなかにプロデュースとかプランニングができる人間を入れるという、良い取り組みだったんじゃないかなと、そんな気がしています。
AIを作るときの1番の課題は、AIだけが一人歩きしてしまうことではないでしょうか。機械学習するための学習対象が何かわからない、掛け算しか必要じゃないのに基礎計算を全部やっちゃって使い物にならないといったことが日常的に起きてしまいます。中島さんは「体験を良くする」という考えを持ち続け、実際の体験と結びついたAI作りに取り組むことで「YUMMY SAKE」が成立したと話してくれました。さて次回は、そんな体験ありきの「YUMMY SAKE」に、オノマトペ(擬声語・言語ではなく叫びによって表現する感情語)を採用した理由などを紹介します。
撮影:宮前一喜